熱と物性と学会に想う




桃木 悟











 私が熱物性学会に入会してから結構な年月が経過していますが,熱物性研究に貢献できているとはお世辞にもいえなくて,もっぱら”熱物性”のユーザーとして一方的にお世話になっているだけです.そのような立場で恐縮ですが,ここでは,熱物性学会への感謝の気持ちから,私のこれまでの経験において熱,物性,学会について感じたことや考えたことを思いつくままに書いてみます.
 昔の事ですが,大学の卒業研究において「ヘリウムのプール沸騰熱伝達に関する研究」を選択し,伊藤猛宏先生と高田保之先生の下で,極低温域におけるベークライトやカーボン等の熱拡散率と比熱を計測するシステムを構築しました.測定理論の勉強,実験装置の製作,測定結果の解析,等々,非常に有意義な一年間を過ごして,この題目のままで卒業論文を作成して堤出しました.伝熱の研究をしていて,熱物性の研究もしているという意識がなかったためですが,今思うと,これまでで最も熱物性研究らしい事をしていたかもしれません.さらに思い返してみると,その時点では熱や温度等の基礎的な用語に対してしっかりとした整理や把握ができてなかったようです.卒研はそれで何とかなったのですが,その後すぐに言葉の定義には凄く拘るようになりました.熱工学では特に言葉の定義をしっかりと把握しておかないといろいろな事が破綻する事がわかってきたからです.
 今では,熱力学と伝熱学の講義の最初に熱と温度の定義について確認しています.「熱(heat)とは温度が異なる系間で仕事以外の方法によって生じたエネルギーの移動である」から始めるのですが,いわゆる熱エネルギーについて考え始めるとすぐに混乱していきます.この場合の熱は“heat”ではなく“thermal”ですから,別の考え方が必要である事を説明します.温度の厳密な定義に触れなければ,“heat”の方は理解しやすいのですが,“thermal” とか “thermo-”の方は難しいようです.微視的に取り扱うとただの力学が,巨視的に取り扱うと熱力学 ( thermo-dynamics) になる事と絡めて説明しているのですが,本当に理解するには統計の概念も必要となり大変です.そこで,工学では一般に厳密に考えると難しくて解けない複雑な問題を“ひとくくりにして”現実的に解き得る問題として取り扱う事が必要で,そのような考え方やその際に必要な法則等を理解する事の重要性を強調しています.
この考え方は“物性値”についても適用できると思います.物性値(properties)は,物質が持っている性質であり,そんなに難しく考えなくてもと思われるでしょうが,そこを敢えて,複雑な事を簡単に取り扱うために様式(例えば定義式)が決定されているのだと考えてみると,いろいろな物性値の意義とその利用法が同時に直感的に理解できると思います.例えば,フーリエの熱伝導の法則ですが,これを熱伝導率の定義式と捉えてみて,この式と熱伝導率の値によって何ができるのか,あるいは何を導き出せるのか,と考えてみると,熱伝導問題の物理的な背景から応用計算まで理解しやすくなるように思います.また,熱伝導率を定義するのに必要な空間的時間的なサイズが確保できていない系は,非フーリエ熱伝導問題として取り扱う必要がある事が自ずと理解できます.
 理論と実際の設計計算を結ぶ値でもある物性値は工学では一際重要な役割を担っています.良い熱設計のための良い熱物性値が供給されるためには,熱物性計測のための理論や方法を提唱する人,計測する人,とりまとめる人,使い易い形で提供する人,その他多くの誠実で優秀な人が必要です.私が言う事ではありませんが,そのような人たちが多く集まってできた社会(Society)が熱物性学会です.世の中には多くの学会があってそれぞれ個性があるのですが,熱物性学会は協調して他を支える人が多い学会であるように私は感じています.その理由というわけではないですが,ここでは書ききれないほど,これまで熱物性学会を構成する多くの方に,随分とお世話になってきました.それに報いるためにも,自分のフィールドである熱物性に関する情報の処理について,これまで以上に頑張らねばと改めて思う次第です.


topへ