熱物性誌 Vol.22, No.2 (2008年5月発行) 巻頭言より
整理式 : 提案する立場と使用する立場
富村 寿夫 九州大学先導物質化学研究所
私が熱物性学会に入会させていただいたのは平成10年10月ですので、他の会員の方々と比べたら、キャリアとしてはまだまだ短いほうであると思います。しかし、その間、幸運にも、熱物性値を測定しそれを整理式として提案する研究を行ったり、また一方では、便覧やハンドブックに公開されている熱物性値に関する整理式を使用した研究を行ったりと、提案する立場と使用する立場の両者を経験することができました。
このような貴重な経験に関連したこれまでの研究課題を振り返って見ますと、九大・先導研の藤井丕夫教授の下で行った固体の熱伝導率と熱拡散率の非接触同時測定、非定常短線加熱法による液体の熱伝導率と熱拡散率の同時測定など、ニチアス浜松研究所の大村高弘氏のグループと行った繊維質断熱材の有効熱伝導率測定、福工大の田中宏史教授と行った自然対流によるシリコーンオイルの熱伝導率と粘度の簡易測定、NEDOの委託事業として横国大の鳥居 薫名誉教授、三菱電機先端技術総合研究所の大串哲朗氏を中心としたグループとして行ったロータス型ポーラス金属の有効熱伝導率測定、そして個人研究として行った固体表面間の接触熱抵抗、接触熱抵抗の低減とフィラー物性の関係、シリコーングリスによる接触熱抵抗の低減などが挙げられます。
この間、常に意識していましたのは、まず提案する立場からは、当然のことながら、キーパラメータを漏れなく網羅した物理モデルに基づく理論解析にしっかりと裏打ちされ、測定誤差を極小化した装置により得られたデータに基づく高精度の整理式を誘導することでした。この方向性は、熱物性研究の発展性と健全性を確保する上で極めて重要であることは論を俟たないことと思います。しかし、逆に、それだけ厳密であるがゆえに、初心者、他のフィールドの研究者や技術者、現場で簡単に概算値を評価したい方々などにとっては、測定原理の理論展開をフォローしたり、提案された整理式を使用する上で必要とされる様々なパラメータを収集したりする段階で、ある種の挫折感を与えてしまう場合があり得ることも否めないと思います。そこで、このような事態を回避するために、大変難しいことではありますが、物理的意味を失わない範囲で、かつ適用範囲と誤差を明確にした上で、使用する側に立った整理式を提案することも意味の無いことではないのでしょうか。事実、前述のロータス型ポーラス金属の有効熱伝導率測定に関する熱特性評価分科会でのJIS化に際しましても、特に重要なことは、多くの方々に実際に使用してもらうことであり、そのためには、上記のような観点から内容を纏め上げる必要があるとの認識で作業を遂行した経験があります。
ここで、具体的な例として、繊維質断熱材の有効熱伝導率 effに関する整理式について見てみたいと思います。断熱材の内部構造に基づく伝熱モデルを用いて誘導されたある整理式では、その中にRosseland平均減衰係数、有効熱伝導距離、セル寸法、繊維間の接触点における伝熱係数、繊維間の接触面積などのパラメータが含まれています。そのため、いざ有効熱伝導率を求めようとした段階で、簡単には決め難いパラメータが結構あることに気付き、悩んでしまうことがあります。一方、現場レベルでは、嵩密度 を導入した、 λeff = Aρ + B/ρ + C の形式の簡単な経験式が従来から良く使用されています。ここで、係数A、B、Cは、広範囲の嵩密度で得られたデータから、最小自乗法により決められています。しかし、この式の場合は、各項の物理的意味を明確にし、キーパラメータの導入を図る努力をしなければ、普遍化は望めません。
以上、いずれにいたしましても、厳密な理論に立脚した高精度の測定系を開発し、より信頼性の高い熱物性値やその整理式を提示するだけでなく、新しい測定法を提案・開発し世界をリードしていくことは、熱物性の研究に携わる者に求められる当然のミッションであると思います。また、その一方では、このようにして得られた貴重な成果を世界に広く普及させるために、使用する側のハードルを可能な限り低くする努力を行うことも必要ではないでしょうか。日本熱物性学会ならびに日本熱物性シンポジウムなどの場で、整理式を提案する立場と使用する立場から、今後、益々活発な意見交換が行われ、両者の融合領域が形成されるのを期待しています。
Japan Society of Thermophysical Properties