熱物性学会への誘い

21世紀に入り,科学技術の枠組が益々広がり,われわれの取組むべき課題の中心も入れ替わりつつあります.従来,熱物性研究が取組んできた課題として,フォノンや電子による熱伝導は言うに及ばず,状態方程式や臨界点,相転移,ナビアストークス方程式,反応熱,カルノーサイクルなどはよく知られています.今日では,われわれの目の前にある熱物性が関与するものとしては,ナノ材料,半導体・金属・超伝導体・セラミックス・高分子などから成る機能性複合材料,ミクロな装置・機器,ナノエレクトロニクス・デバイス,食品,超臨界状態,生体・医療,衣服,自動車・電車・飛行機,建築,土壌,電力,山・河川・海洋・砂漠,農業,環境,地球,宇宙と枚挙にいとまがありません.そのどれを採っても,理想物質から成る系の熱物性の枠組みでは扱いきれないことが多く,熱物性研究を進めていく上では基礎科学に基づきながら新しい発想を持って取り組まねばなりません.

例えば,
・ナノ材料の一つである超格子は2つの結晶薄膜が積み重なったものから成っていますが,そこではバルク結晶の熱物性だけが重要ではなく,界面における熱現象の積み重ねが系の総合的な熱物性として発現します.界面熱抵抗の様々なスケールにおけるメカニズム,界面における格子緩和やフォノン・電子の振舞等,解明すべき多くのナノスケール現象が存在します.また,これらのナノスケール熱現象を特徴づける特性をもって,ナノ熱物性ともいうべき新しい概念として確立されるべきであります.一方で,既存のマクロな熱物性も,分子間力や分子の形状など分子スケールの特性との関連において捉え直し,新しい展開を図らねばなりません.

・身近にある流体でも,その熱物性はあまり知られていないことが多く日々研鑽が積まれているところです.二酸化炭素はエアコンに,イソブタンやプロパンは冷蔵庫にフロン系冷媒に替わる物質として注目されていますが,常温常圧以外の実測値については一般的な圧力-比容積-温度に関する性質にしても非常に限られています.そのため,熱物性を計算する熱力学状態式や相関式の作成が難しい状況にあり,それら機器の設計に支障をきたしております.このような背景において研究者や技術者に流体の熱物性値情報を広く提供することが,本学会の使命の一つと考えております.その場合には,より正確な情報を収集し,十分評価して,利用しやすい形態で提供することが大切であると思います.そのため,広範な実測値の測定および関連情報の収集,その評価方法の確立,信頼性の高い状態式,相関式の作成,そして利用しやすいデータベースやソフトウエアの構築を検討しております.

・食品や生体等の水分を多量に含んだ複合有機物材料は,保存,加工,治療行為の目的で凍結・加熱処理をする場合があります.この時に重要になるのは,実際の操作の設計の目安になる実効熱物性値です.ところで凍結・加熱等の熱処理では,対象を構成する成分の平衡状態図を含む熱物性と,複雑な幾何構造に左右される水分の輸送状態が現象を支配しています.従って,食品や生体では,上の2点から実効熱物性を推定できるモデルをつくることと,対象が置かれた環境において非侵襲で簡便に実効熱物性を測定できる手法を開発することが重要となります.

・環境に優しい冷媒として,またカリーナサイクル等の高効率動力サイクルの作動媒体として,非共沸混合物を使用するケースが増えています.動力サイクルや冷凍サイクルのシミュレーションにおいては,相平衡条件を含む各種の熱力学的状態量を精度良く推算できる事が要求されますが,混合物の場合には,全ての組成について測定を行う事は不可能です.そのため,特に混合則については何らかの推算モデルが使用されています.これらのサイクルの内部では,多くの場合,動作媒体の蒸発と凝縮を伴っている事から,機器のさらなる高効率化を図るには,気液界面と各相バルクとの間に生じる濃度差に起因する伝熱性能の低下についても検討を要します.相変化に伴う伝熱の検討においては,一段と高精度の平衡温度の推算値が必要である事から,分子運動論的な考察に基づいた実体を反映した混合則モデルや平衡物性推算モデルの開発が期待されています.

熱物性学会では,基礎科学としても今日的な課題であるヘテロ構造,表面や界面,高熱伝導性絶縁物質,反対に低熱伝導性高電気伝導性物質,高効率熱電材料,摂動では扱えない非線形系,平衡から遠く離れた非平衡状態,大きな系の長時間に亘っての分子動力学,巨大な絡み合ったシステム,生体中の熱伝達などの考え方や解析手法における発展を促し,基礎と応用の両面から熱物性研究を展開していきます.

 熱物性学会は,広い分野の皆さんとの交流し合いながら,学問を深め,科学技術の発展を促し,社会の要望に応え,豊かな世界を築くことに貢献します.この目標に向けて,多くの研究者・技術者を巻き込んだ充実した議論が不可欠であり,夢のある明日を築くため,多くの皆様のご入会くださいますようよろしくお願いいたします.